社会人になって小説が読めなくなった経験談 自分の生活環境を見直すいい機会

公園のベンチ

小説って面白いですよね。

自分の好きな小説を読むのはなんとも言えないですからね。楽しいですし、小説を読んでると現実逃避もできるし、読解力も上がるし、ストレスも発散できるしイイことばかりです。

しかし、小学生のころから大学まではかなり小説を読んでいたのですが、社会人になってからは小説を読まなくなりました。

というか「読めなくなった」っていう表現のほうが正しいかもしれません。

社会人になるとなのというか「時間が無い」「現実的なものを見てしまう」といったことで小説が読めなくなってしまったようです。

学生までは小説を読みまくってたけど、社会人になって時間が無いのと小説の現実逃避がむなしくなったっていうのもあります

学生のうちまでは小説を読みまくっていましたね。

漱石、三島由紀夫、太宰とかの堅い純文学から、最近の大衆小説、推理小説なども読んでいました。

しかし、社会人になって銀行に就職すると、これが仕事がめちゃくちゃ忙しい・・・・とても本を読んでる時間何度ない。というか本を読んでる時間があるなら寝ていたいとうような生活になりました。

仕事やってると、小説とかのんびり読んでる人ってのは、ぶっちゃけ恵まれている人では?ということですね。小説が好きでしょうがない人なら読むと思いますけど、銀行員とかで小説をじっくり読んでる人は少数派でしょう。

あと、社会に出ると現実的な「人間関係」でかなり悩みましたね。特に営業をやってると、人間の「嫌な部分」とかいくらでも見ることになるので、「現実の人間」っていうのを嫌というほど知ってしまった・・・というわけです。そうなると小説の内容とかがなんとなく

「これウソくせえな」

とか思えるようになってしまったわけです。そうなってくると本を読むと言っても仕事に関する専門書とかだけになり、しかもイヤイヤそういった本を読んでいくって言うことになります。

だんだんと読書嫌いになっていって、自分がどうしても必要な知識を得る時くらいしか本を読まなくなります。

小説を読む時間が社会人になったら、めっきり減った理由ですね。

それに、今ではネットで動画もいくらでも見れますし、Amazonプラムとかの動画配信サービスでいくらでも見れるので、そいうのを見るほうが活字を読むよりも「楽」なんですよ。

こうなってくると、自分でも思いますけど小説を読むってのが少なくなってくるのはある意味しょうがないな・・・・ってのはありますよね。

社会人になるとほんとに「ビジネス書」とかは読むんですけど、小説とか読んでる人は周りにほとんどいませんでしね。小説をじっくり読むっていう「余裕」がなくなるってのはかなり悲しいことです。

そういた余裕がないのは「自分の人生を見直す」っていういい時期にあるわけですね。

小説とかが読めないと落胆するよりも、生活を見直すいい機会っていうのとじかくしたほうがいいということです。

小説ってのは「趣味」のための読書で、無理して読む必要も無いですからね 時間の余裕のある時は自然に読むようになる 私も休職してるときは小説を読みまくっていました

小説ってのは「趣味」のための読書難でよね。そこから専門的な知識を得ることもできないです。

だから無理して読む必要はないと考えます。

しかし、専門知識を得るためだけに本を読むってのもさびしいものですからね。

時間的に余裕がある」

人なら自然に読むようになるんで、小説が読めなくなったからと言って、そこまで気にする必要はありません。

私も、銀行員時代にうつ病で休職したことがあります。半年ほど休職したんですけど、うつ病なので最初の1~2か月くらいは何もできないですけど、回復してくると、とにかくやることが無い・・・・ということで小説を再び読むようになりました。図書館にかよって借りてと何度も読んで

いましたね。その時期には東野圭吾の小説から宮部みゆきとかの推理小説とか娯楽性の強いものを読んでいました。

そして、そのまま転職活動をして転職した・・・わけですけど、転職して仕事をするようになると、また小説を読むことは少なくなりましたね。

小説って無理読もうとしてストレスをためてまで読む必要はないですよ。

急に小説が読めなくなるってのは、

「時間が無い」
「疲れていてそれどころじゃない」
「失読症などの病気」

ってことです。時間が無い、疲れているときに本を読むのは、本が完全に趣味でストレス発散になる人はイイですけど、そうでもない人は無理する必要はありませんん。

失読症とかなら小説以外の本も急に読めなくなる、というか活字自体読めなくなるんで、その場合は病院に行ったほうがいいです。ちなみに、うつ病になると、本も読む気力もなくなってきます。

小説を読む気力が無いけど読みたい・・・というなら「小説の読むのを聞く」っていうサービスもあるので利用してみるのも一つ手です。

小説を読むのではなく「聴く」と言うサービスを利用するのも楽しい

小説を読めなくなったら、「小説を聴く」ってのも一つの手です。最近ではこの手の

「本を朗読してるのを視聴できるサービス」ってのが充実しています。私はたまに小説を車の中で聞いたりして楽しんでいます。

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小説が読めないって時に無理して読書をするってのは逆にストレスになるんで、読書に対する価値を置きすぎないほうがいいですよ

今まで読むことができた小説が読めなくなるってのはやっぱり「時間がない」「疲れている」「病気」といった要素があります。

読めなくなったのはそれなりに理由があるので、そこで

「無理してでも読もう」

と思うのはちょっとやめたほうがいいです。本を読むってのはなるべくならストレスをためてまで読むものじゃないですからね。

学校での勉強とか仕事での知識を得るためならしょうがないですけど、本は無理して読むものでもないですしね。

「本を読むと頭がよくなる」

的なのはウソではないですけど、そこまで頭よくなるわけじゃないですしね笑。本を読めば何でも解決するみたいな風潮がかなりあるのがちょっと本を読むとが「万能薬」みたいになってるのが気になりますね。

小説を読めなくなったら、あなたの生活を見直してみる方が先決ですね。

仕事がブラック企業だったりすれば本を読む時間なんてありませんし、ストレスのたまる人間関係があるときには小説を読む気力なんて起こらないですからね。

小説が読めなくなったというよりも

「生活の見直し」が最優先だってことですよ。
時間の余裕のある仕事に転職する、
時間を作れる部署に異動する
個人事業主になって時間の余裕を得る

こういったことを考えてみるいい機会ですね。小説をじっくり読むのにストレスが無いような生活をしてくってのが一番の解決策じゃないでしょうか?